突然ですが、Jean Soane Michon(ジャン ミション)という画家をご存知ですか?
ゴーギャンの死後、四半世紀を経過した頃に、ジャン ミションはフランス、ブルターニュに生まれました。
若い頃から“遠い島々への憧れ”を抱き、商船学校へ進んだ彼は、21歳の時、ついに太平洋へと旅立ちます。オーストラリアを目指したものの上陸の許可が下りず、1948年ヌメアへ。
無一文に近い状態でしたが、「Monique(モニーク号)」で仕事を得たことで再び道が開けます。そしてついに、彼が夢見ていたタヒチへと辿り着きます。
最初に暮らしたのは、ボラボラ島。
当時のボラボラは、今のような高級リゾート地とはまったく異なり、外の世界とのつながりも限られた静かな島でした。
助教員として働きながら、彼は島の日常や人々、ラグーンの景色を描き始めます。正式な美術教育を受けたわけではありませんでしたが、その絵には“南太平洋で実際に暮らした人”ならではの空気感があり、多くの人を惹きつけました。


その後、一度フランスやアフリカへ渡るものの、彼の心は常に太平洋へ向いていたと言われています。17年後、再び南太平洋へ戻った彼は、ウォリス島 に定住。海辺の家で静かに暮らしながら、絵を描き続けました。
彼が描いたのは、単なる風景画ではありません。
そこには、“かつて存在した南太平洋への郷愁”や、“理想の楽園”への想いが込められていました。
特に印象的なのが、オセアニアの女性たちを描いた作品。
豊かで官能的な曲線を持つ女性たち、どこか物憂げで母性的なまなざし - ゆったりとした時間の中で生きる、穏やかで美しい姿は、彼自身が心の中に抱いていた“南太平洋のイメージ”そのものだったのかもしれません。


現在、タヒチや南太平洋は世界的なリゾートとして知られていますが、Jean Soane Michon の作品には、観光地化される前の、素朴で静かな島々の空気が残されています。
旅をしながら絵を描き、南太平洋を愛し続けた画家。
彼の作品は今もなお、“昔のタヒチ”や“失われつつある南太平洋”を静かに語り続けています。
エアタヒチの機内誌 [REVA Tahiti] 94号より
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